半導体大手エヌビディアのジェンスン・フアン最高経営責任者(CEO)が、ドナルド・トランプ米大統領の今週の中国訪問に同行することが明らかになった。フアン氏は当初の同行者リストに含まれておらず、トランプ氏が直接電話で参加を要請したという。米中貿易摩擦が激化するなか、AI半導体で圧倒的シェアを握る経営者の電撃参加は、両国交渉の焦点が先端技術規制に移りつつあることを浮き彫りにした。
トランプ氏が直々に招請、通常ルート外の異例展開
関係者への取材によると、フアン氏の名前はホワイトハウスが事前にまとめた訪中ビジネスリーダー団の名簿に一切記載されていなかった。トランプ氏がフアン氏に直接電話をかけ、参加を強く促したことで急転直下の同行が決まった。大統領が自らCEO級の人物を訪問団に招き入れるのは極めて異例であり、今回の訪中にかけるトランプ政権の並々ならぬ意気込みを示している。
従来のリストにはエネルギーや金融、航空機製造など伝統的産業のトップが名を連ねていたが、半導体分野の経営者は含まれていなかった。エヌビディアはデータセンター向けAI半導体で世界市場の約80%を掌握しており、対中輸出規制の網が徐々に狭まる中、同社の経営判断は米中両政府にとって無視できない重みを持つ。
米中ハイテク覇権の最前線、輸出規制の狭間で揺れるエヌビディア
エヌビディアはここ数年、米政府による対中半導体輸出規制の矢面に立たされてきた。先端AI半導体「H100」の対中輸出が禁止されると、同社は規制に抵触しない性能に抑えた「H800」を中国市場向けに投入。しかし米商務省が2023年10月に規制をさらに強化し、H800も輸出禁止対象となった。
同社の2024会計年度売上高609億ドルのうち、従来中国市場は約2割を占めていた。規制による直接的な機会損失に加え、中国企業が国産代替品の開発を加速させる長期的リスクも顕在化している。フアン氏はこれまで公の場で「国家安全保障は絶対的に尊重する」と政府方針への理解を示す一方、「技術的リーダーシップを失えば競争力は損なわれる」と繰り返し警告してきた。
今回の訪中は、そうしたジレンマを抱えるエヌビディアにとって、米中両政府に対し自社の立場を直接訴えるまたとない機会となる。アナリストの間では、フアン氏が中国の顧客企業や政府関係者との非公式な意見交換を行う可能性が高いと予測されている。
中国AI市場の現実、膨張する需要と独自技術の台頭
中国のAI半導体需要は米国の規制にもかかわらず拡大を続けている。市場調査会社IDCの推計では、中国のAI半導体市場は2027年までに380億ドル規模に達する見込みだ。華為技術(ファーウェイ)の半導体設計子会社である海思半導体(ハイシリコン)が開発した「Ascend 910B」は、エヌビディアの旧世代製品に匹敵する性能を実現したとされる。
中国企業は規制の抜け穴を突き、第三国経由でエヌビディア製品を調達するルートも構築している。こうした現実を前に、トランプ政権は同盟国を含めた輸出管理の厳格化を模索しているが、米半導体業界からは「過度な規制は競合他社に市場を明け渡すだけだ」との反発が根強い。
日本企業への波及、半導体装置とデータセンター戦略に影響
米中ハイテク対立の激化は、日本の半導体製造装置メーカーやデータセンター事業者の戦略にも直接影響を及ぼす。日本政府が2023年に半導体輸出管理を厳格化した結果、東京エレクトロンなど装置各社の対中売上比率はすでに低下傾向にある。一方で、国内データセンター投資は堅調で、ソフトバンクやNTTが生成AI向け基盤を拡充する動きは加速している。
エヌビディア製GPUへの依存度が高い日本企業にとって、米中交渉の帰趨は調達コストや技術導入のスピードを左右する重大要素だ。フアン氏の訪中がどのような成果や合意をもたらすかは不透明だが、その結果次第では日本の半導体産業政策にも再考が迫られる可能性がある。
緊張と依存が交錯する米中関係、経営者外交の行方
今回の訪中にはテスラのイーロン・マスクCEOも参加すると報じられており、次世代産業を牽引する経営者たちが外交の最前線に立つ構図が鮮明になっている。両巨頭はともに中国市場に大きく依存しながら、自国政府の規制方針とも真正面から向き合わざるを得ない立場だ。
米中両国が閣僚級の貿易協議を続けるなか、政府間交渉だけでは解決できない技術規制の細部や市場アクセスの実務課題は多い。経営者自らが現場の声を伝える試みが、硬直した貿易交渉に新たな道筋をつけるかどうか。フアン氏の電撃参加は、経済と安全保障の境界線が溶け合う現代の国際政治を象徴する一幕となっている。