企業の人工知能(AI)活用現場で、想定外の事態が広がっている。Anthropicが2025年7月に発表した「Claude Cowork(クロード・コワーク)」など、専門知識がなくてもAIエージェントを量産できる開発プラットフォームの登場により、管理不能なエージェントの乱立、いわゆる「AIエージェントのスプロール現象」が顕在化してきた。コスト高騰やセキュリティリスクの懸念から、現場任せの導入を見直す企業が増え始めている。

Anthropic参入で加速したエージェント民主化

Claude Coworkは、自然言語による指示だけで複数のAIエージェントを協調動作させることを可能にした。コーディング不要で、営業支援、市場調査、社内ヘルプデスクといった業務用エージェントを数分で作成できる点が特徴だ。Anthropicの発表資料によると、ベータ版公開から2カ月で導入企業は5000社を突破した。

この「民主化」は、OpenAIのGPT BuilderやMicrosoftのCopilot Studioなど同様のツール群と相まって加速度的に進んでいる。IDCの推計では、2025年末までに大企業の76%が何らかの自律型AIエージェントを試験導入する見通しだ。しかし、その容易さが今、現場レベルでの野放図な作成を誘発し、全容を把握できない「見えないAI」を生み出している。

現場任せが招くコストとセキュリティの死角

北米の大手金融機関では、営業部門が独自に作成した約3200体のエージェントのうち、3割近くが機密データへのアクセス権限を過剰に持っていたことが内部監査で発覚した。また、使われなくなったエージェントがAPI呼び出しを繰り返し、クラウド利用料が月額4万ドル余分に発生したケースも報告されている。

シリコンバレーのスタートアップであるStack AIのダミル・スルジッチ最高経営責任者(CEO)は、「多くの経営陣は自社に何体のエージェントが存在するかさえ答えられない」と警鐘を鳴らす。同社が実施した調査では、AIエージェント導入企業の47%が「セキュリティポリシーの適用に課題がある」と回答した。現場の業務効率化という善意が、結果的に企業全体の統制を損なう構図が浮かび上がる。

日本企業にも波及する「シャドーAI」問題

日本市場も無縁ではない。大手電機メーカーの情報システム子会社は2025年秋、社員が業務改善目的で個人的に作成したAIエージェントが200体を超え、そのうち15体が取引先情報に無制限でアクセスできる状態だったと公表した。AIの業務利用がデジタルトランスフォーメーション(DX)の中核に据えられる一方、従業員が無許可で外部AIツールを使う「シャドーAI」問題がエージェントでも再現されている。

日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)の2025年調査では、国内企業のAIエージェント本格導入率は34%と北米の62%を下回る。しかし、非管理下の導入を含めると利用率は55%に達するとの推計があり、現場の需要と統制の間で多くの日本企業が板挟みになっている実態がうかがえる。

対策急ぐプラットフォーム、可観測性が鍵に

この状況を受け、プラットフォーム側も統制機能の強化に乗り出した。Anthropicは2026年初頭までに、Claude Cowork向けにエージェントの全社的な可視化と権限制御を一元管理できるダッシュボードを提供する計画を明らかにしている。また、ServiceNowやUiPathなどエンタープライズAIベンダーは、エージェントのライフサイクル管理機能を相次いで製品に統合し始めた。

市場調査会社ガートナーは、2028年までに大企業の半数が「エージェント・オーケストレーション」専任のチームを設置すると予測する。競争力の源泉となるAI活用と、経営を揺るがしかねない統制リスクの狭間で、企業は新たなガバナンスモデルの構築を迫られている。