米国北東部メイン州の人口約4600人の町ジェイで、地域経済を半世紀以上支えてきたアンドロスコギン製紙工場がデータセンターへと生まれ変わる。約1.4百万平方フィート(約13万平方メートル)という巨大な産業遺構を舞台に、重厚長大産業からデジタルインフラへの転換が進む背景には、全米の地方部で同時多発的に進行するデータセンター建設ラッシュがある。

JGT2リデベロップメントを中心とする合弁事業体が2023年に取得した同工場跡地は、ピーク時に1500人を雇用していた。2020年4月のパルプ蒸解釜の爆発事故により閉鎖に追い込まれた工場が、今度は人工知能(AI)とクラウドコンピューティングを支えるサーバー群の受け皿となる。不動産調査会社コスター・グループによると、全米のデータセンター開発パイプラインは2024年第2四半期時点で過去最高の約4.5ギガワットに達しており、その立地は従来のバージニア州北部やシリコンバレーから地方部へ急速に拡大している。

消えた1500人の雇用 地方経済に刻まれた傷跡

アンドロスコギン工場は1890年代に創業し、地域の雇用と税収の中核を担ってきた。最盛期の1500人という雇用規模は町の総人口約4600人の3分の1近くに相当し、関連産業を含めれば町の経済は完全に製紙業に依存していた。2020年の爆発事故は、老朽化した圧力容器の金属疲労が原因とされ、工場は修復不能と判断された。

連邦労働統計局のデータでは、メイン州の製造業雇用者数は2000年の約9万5000人から2023年には約5万7000人へと約4割減少している。ジェイの事例は全米のラストベルトが経験した脱工業化の縮図であり、特に農村部では代替雇用の創出が長年の課題だった。

データセンターが農村を選ぶ3つの理由

大規模データセンターの地方進出には明確な経済合理性がある。第一に土地取得コストの低さだ。JLLの2024年の市場レポートによれば、バージニア州北部のデータセンター適地の土地価格は1エーカーあたり200万〜300万ドルに達する一方、メイン州を含むニューイングランド地方の農村部では10分の1以下で取得可能なケースが多い。

第二に電力供給の余裕である。AIワークロードの急増でデータセンターの消費電力は従来型の5〜10倍に膨らみ、単一施設で100メガワット超の電力契約が一般的になった。米国エネルギー省の統計では、全米の送電網混雑地域を避けつつ、再生可能エネルギー由来の電力調達が可能な北部諸州が新たな適地として浮上している。

第三に冷却効率である。年間平均気温が10度前後と低く、外気冷却を利用できる期間が長いメイン州は、PUE(電力使用効率)の改善に寄与する。GoogleのDeepMindを用いた冷却最適化の事例では、外気温が低いほど冷却コストを最大40%削減できることが実証されており、気候条件は立地選定の重要な変数になっている。

巨大工場跡地が持つインフラ遺産の価値

アンドロスコギン工場跡地が単なる更地より優位性を持つのは、既存のインフラ資産にある。工場はアンドロスコギン川の水力発電施設と直結しており、最大20メガワットの発電能力を有する。さらに66キロボルトの専用送電線が引き込まれ、変電設備も残存するため、新規の送電網接続に伴う数年の待機期間を回避できる。

JGT2リデベロップメントの幹部は現地メディアに対し「重工業用に整備された電気・水道・通信の基盤は、データセンター転用において再現不可能な資産だ」と述べている。高床式の工場建屋はサーバーラックの重量荷重に耐え得る構造を持ち、解体より転用のほうが建設廃棄物削減の観点からも有利と判断された。

雇用の質が変わる 製紙労働者からIT技術者へ

データセンターがもたらす雇用は、量と質の両面で製紙工場時代とは根本的に異なる。建設段階では500人規模の雇用が一時的に発生するが、運営段階の常勤雇用は一般的に50〜150人程度にすぎない。アンドロスコギン計画では約120人の直接雇用が見込まれており、これは失われた1500人の10分の1未満である。

一方で給与水準は大幅に上昇する。米国労働省の職種別賃金データによると、メイン州の製造業平均年収が約4万8000ドルであるのに対し、データセンターの設備技術者は6万5000〜8万5000ドル、ネットワークエンジニアは9万ドル超が相場となる。税収面でも、データセンターは固定資産税の大口納税者となるため、自治体財政への貢献は無視できない規模になる。

日本企業のデータセンター戦略にも波及する地方展開モデル

この潮流は日本市場にも示唆を与える。NTTデータやKDDIが国内で建設を進めるデータセンターは依然として東京・大阪の大都市圏に集中しているが、電力制約と用地不足は深刻化している。経済産業省の調査では、国内データセンターの7割が東京圏と大阪圏に立地し、2027年までに必要とされる電力容量の4割が調達困難と予測されている。

米国の農村データセンターモデルは、北海道や東北地方の遊休工業用地、あるいは九州の半導体工場跡地など、日本版ラストベルトとも呼ぶべき候補地への展開可能性を示唆する。さくらインターネットが石狩市で運営する大規模データセンターは、寒冷地の冷却効率と遊休工業団地の活用という点で先行事例となっており、今後の国内展開を占う試金石となるだろう。