地政学リスクの高まりや根強いインフレ圧力が市場の重荷となるなか、人工知能(AI)関連の設備投資が株式市場全体の収益成長と投資家心理を下支えしていることが明らかになった。JPモルガン・アセット・マネジメントのグローバル市場ストラテジスト、ステファニー・アリアガ氏は、現在の市場動向を決定づける最大の要素はAI関連の資本支出であり、原油高や金利上昇といった逆風を相殺する力になっていると分析する。
アリアガ氏はブルームバーグのインタビューで、2026年が「エージェンティックAI」にとって画期的な年になるとの見通しを示した。エージェンティックAIとは、人間の指示を逐一待たずに自ら目標を設定し複雑なタスクを遂行する自律型の人工知能を指し、現在の生成AIの次に来る進化段階と位置づけられている。
原油高と高金利を相殺するAI投資の規模感
アリアガ氏の分析によると、年初来の原油価格上昇や長期金利の高止まりは通常であれば株式市場の重石となる要因だが、2025年の相場ではこれらの悪材料をAI関連投資の拡大が補って余りある状況だという。とりわけ大規模言語モデルの開発や推論基盤を支えるデータセンター建設、半導体調達に向けたハイパースケーラーの設備投資計画が市場予想を上回るペースで拡大しており、S&P500指数の構成企業全体の業績見通しを押し上げている。
JPモルガンの試算では、主要テクノロジー企業4社だけで2025年に投じる設備投資の総額は2000億ドルを超える可能性がある。これは前年実績から少なくとも30%以上の増加であり、アナリスト予測でもこの支出規模は2026年まで減速しないとみられている。投資家の関心は、こうした巨額投資の収益化時期に集中しているが、アリアガ氏は短期的な利益率の多少の変動よりも中長期的な技術優位性の確立に目を向けるべきだと指摘する。
四半期決算が証明するAI需要の実態
最新の四半期決算では、AI需要の裾野が従来の半導体やクラウド事業者から広がりつつある実態が浮き彫りになった。エヌビディアのデータセンター向け売上高が前年同期比で2倍以上の伸びを示しただけでなく、企業向けソフトウェアやサイバーセキュリティ分野でもAI機能を組み込んだ製品の引き合いが急速に強まっている。
アリアガ氏は、足元の決算発表で明らかになった重要な変化として、最終製品にAIを実装する「ラストワンマイル」の段階に入った点を挙げる。これまでは基盤モデルの開発や学習用チップの調達に投資が集中していたが、2025年後半からは実際の業務システムや消費者向けサービスにAIを組み込むフェーズに移行しつつある。この流れは業種を問わず広がっており、製造業の生産管理、金融機関のリスク分析、医療機関の診断支援などへの導入事例が相次いで報告されている。
2026年にエージェンティックAIがもたらす変曲点
アリアガ氏が最も強調するのは2026年というタイミングの重要性だ。同氏は「エージェンティックAIが単なるコンセプトから現実のビジネスツールへと変わる節目の年になる」と述べ、現行の生成AIとは異なる経済的インパクトを生み出すと予測する。
現行の生成AIが人間と対話しながら情報を生成するのに対し、エージェンティックAIは与えられた目的を達成するために必要な手順を自ら設計し、外部ツールの操作や他システムとの連携を自律的に実行する。例えば、カレンダーとメールを横断的に操作して会議設定を完了させる、顧客からの問い合わせ内容を解析して最適な回答を生成するだけでなく社内の承認フローまで自動で進める、といった複合的な業務処理が可能になる。
既にセールスフォースやマイクロソフトなど主要ソフトウェア企業はエージェンティック機能の試験提供を始めており、アリアガ氏によれば2026年にはこれらの技術が大規模に商業展開される見込みだ。取引先企業への先行ヒアリングでも、単純なチャットボットの導入から自律的業務処理への移行を検討する声が急速に増えているという。
日本市場に波及する設備投資連鎖
この世界的なAI投資の拡大は日本企業の収益構造にも直接的な影響を及ぼしている。半導体製造装置や電子部品、先端材料分野では、海外データセンター向け需要の急増が各社の受注残高を押し上げており、東京エレクトロンやアドバンテストといった装置メーカーの業績見通しは四半期ごとに上方修正が続いている。
さらに特筆すべきは、AI関連の設備投資需要が工場自動化や検査装置といった周辺領域にまで広がり始めている点である。工作機械メーカーや産業用ロボットメーカーも、データセンター建設に伴う電力設備や冷却システム向けの引き合い増加を報告している。アリアガ氏は日本市場について直接の言及を避けたものの、アジア太平洋地域全体のテクノロジー・サプライチェーンがAI投資の恩恵を受ける構造は2026年まで持続するとの見方を示している。国内証券のストラテジストからも、グローバルなAI設備投資サイクルが日本株の下支え要因となるとの分析が出始めている。
変動相場で試される投資家の目利き力
アリアガ氏は現在の市場環境について、外面的な指数の堅調さの裏で個別銘柄間の格差が静かに広がっていると警鐘を鳴らす。S&P500指数が高値圏で推移する一方、構成銘柄の騰落率のばらつきを示す指標は過去5年で最も高い水準に達しており、AI関連企業とそれ以外の企業の間で収益格差が鮮明になりつつある。
投資家にとっての課題は、AIバリューチェーンのどの段階に資金を振り向けるかの判断である。半導体製造企業の設備投資が拡大する段階では製造装置メーカーが恩恵を受けるが、エージェンティックAIの商業化が進めばエンタープライズソフトウェア企業やデータ活用基盤を提供する企業に収益機会が移るとアリアガ氏は分析する。原油高や関税政策の不透明感といったマクロリスクが再燃する局面では、こうしたミクロの見極めが投資成果を大きく左右することになる。