米連邦取引委員会が英国の半導体設計大手アーム・ホールディングスに対し、ライセンス供与を巡る独占禁止法調査に乗り出したことが明らかになった。チップ技術が地政学的な戦略物資と化す中、同社のビジネスモデルそのものにメスが入る可能性がある。
## 米FTCが照準を定めたアームのライセンス体系
事情に詳しい複数の関係者によると、米連邦取引委員会はアームが顧客企業と結ぶ半導体技術のライセンス契約に関して、反競争的な慣行がないか精査を開始した。調査は初期段階にあり、FTCはすでに複数の業界関係者から情報提供を受けるため接触を行っているという。
アームは自社工場を持たないファブレス企業であり、プロセッサの設計図や命令セットをライセンス供与することで収益を上げている。スマートフォン向けプロセッサでは99%を超えるシェアを握り、データセンターや自動車向けにも進出。ソフトバンクグループ傘下で2023年にナスダックへ再上場を果たした後も、その支配力は揺るがない。
FTCの関心は特に、アームが特定顧客に対して課す包括的なライセンス条件や、先端設計へのアクセス制限に向けられている。半導体業界ではアームの技術に依存する企業が多く、契約条件の変更一つで競争環境が激変する構造がある。調査開始の背景には、公正な競争を阻害している可能性を懸念する同業他社からの申し立てがあるとみられる。
## 調査を引き寄せた業界構造の変化
今回の調査は世界的な半導体再編のうねりと無縁ではない。2022年には米エヌビディアによるアーム買収計画が欧米中の規制当局の反対で頓挫した経緯がある。当時からアームの技術中立性が焦点となっていたが、買収断念後も緊張は解けていない。
アームは2023年9月の再上場で時価総額が一時700億ドルを超え、投資家の高い期待を背負う。成長戦略としてライセンス料の引き上げや、チップメーカーにより深く設計段階から関与する「サブスクリプション型」への転換を進めており、これが顧客との軋轢を生んでいる。関係者によれば、アームが特定企業に対してライセンス提供を遅らせた事例や、価格体系を一方的に変更した疑いがFTCの調査対象に含まれるという。
半導体業界では現在、アームの牙城を崩そうとする動きも加速している。オープンソースの命令セット「RISC-V」を採用する企業が増え、中国勢を中心にアーム依存からの脱却を模索する流れが顕在化。米国政府としても、独占的地位の強化が技術革新を阻害するかどうかの判断が迫られている。
## ソフトバンクグループへの波及は不可避
アームの親会社であるソフトバンクグループにとって、FTCの調査は予期せぬ逆風となる。同社はアームをAI(人工知能)戦略の中核に据え、半導体設計の需要拡大を見越して積極投資を続けてきた。孫正義会長兼社長はアームを「未来の中心」と位置づけ、上場時のロードショーでも長期保有の意向を強調している。
直近の四半期決算ではアームのライセンス収入が前年同期比で大幅に伸び、グループ全体の業績回復を牽引した。仮に米当局が何らかの是正措置を命じた場合、収益モデルの修正を余儀なくされる可能性がある。アナリストの間では、ライセンス料の引き上げ余地が狭まるとの見方も出始めている。
ソフトバンクグループ広報は本件についてコメントを控えている。アーム側も公式な声明を出していないが、FTCへの協力姿勢を示すとともに、「当社のビジネス慣行は競争促進的であり、業界全体のイノベーションを支えている」と反論する構えとみられる。
## 日本企業の調達戦略にも影
調査の行方は日本の半導体・電子機器メーカーにも影響を及ぼす。ルネサス エレクトロニクスやソニーグループをはじめ、車載向けマイコンやイメージセンサーでアーム設計を採用する国内企業は多い。特に車載半導体ではアームアーキテクチャが事実上の標準となっており、ライセンス条件の変更は開発コストに直結する。
国内半導体商社の幹部は「契約の透明性が高まれば長期的に歓迎だが、調査期間中の不確実性はプロジェクト計画の足かせになる」と指摘する。経済産業省も半導体戦略の柱として設計力強化を掲げており、RISC-Vの国産化を含めた技術の多様化が一層求められそうだ。
## 欧州当局との連携が次の焦点に
FTCの単独調査で終わるかは不透明である。欧州連合の競争政策を担う欧州委員会も以前からアームの市場支配力に関心を示しており、英競争・市場庁はエヌビディア買収阻止の際に詳細な市場分析を公表した実績がある。
複数の規制当局が連携すれば、アームはグローバル規模での対応を迫られる。ある競争法専門の弁護士は「半導体設計という無形資産への独禁法適用は前例が乏しく、今回の調査が新たな執行基準を生む可能性がある」と分析する。
調査は数年単位の長期戦になる公算が大きく、その間もアームは技術開発と市場拡大の両立を求められる。設計資産を握る企業の責任と、公正な競争環境をどう調和させるのか、業界全体が答えを模索する局面に入った。