欧州連合(EU)の石油・ガス業界団体が、夏季のガス貯蔵補充シーズンにおける市場圧力を回避するため、現行の天然ガス貯蔵目標に柔軟性を持たせるよう規制当局に要請した。11月1日時点で貯蔵率90%とする現行目標が、買い付け競争を激化させ価格高騰を招くリスクを懸念している。

欧州委への提言書で3団体が警鐘

欧州石油連盟(FuelsEurope)、欧州ガス協会(Eurogas)、国際石油天然ガス生産者協会欧州支部(IOGP Europe)の3団体は、欧州委員会に提出した共同提言書で、2025年の貯蔵補充期に向けた制度見直しを求めた。現行規則では毎年11月1日までに貯蔵率90%を達成することが義務付けられているが、団体側は「厳格な期限設定が夏季の買い付け集中を招き、スポット市場の価格上昇圧力を強めている」と指摘する。

欧州ガスインフラ(GIE)のデータによると、2024年3月末時点のEU域内貯蔵率は約59%で、過去5年平均を上回る水準にある。しかし業界団体は、暖冬による需要減少と中国経済減速の影響で一時的に需給が緩和しているに過ぎず、構造的な供給不安は解消されていないと分析する。

中間目標の設定と許容幅の導入を要求

3団体が具体的に求めるのは、最終目標である90%達成に向けた中間指標の導入と、地政学的リスクや需給変動に応じた許容幅の設定だ。提言書では「4月1日時点で30%、7月1日時点で60%」といった段階的目標を提案。さらに、LNG供給の途絶やパイプラインの障害など不可抗力が生じた場合、目標値を最大10ポイント引き下げる緊急調整条項の新設を盛り込んだ。

欧州のガス貯蔵能力は約1100テラワット時(TWh)で、EUの年間消費量の約25%に相当する。2022年のウクライナ危機以降、ロシア産パイプラインガスの代替としてLNG輸入を急拡大させた結果、現在は米国産が全体の約4割を占める。団体側は「米国のLNG輸出政策変更やアジアの需要回復で調達環境が急変する可能性を織り込むべきだ」と強調する。

2023年冬の教訓と市場設計の矛盾

業界団体が問題視するのは、2023年8月から10月にかけて起きた価格急騰の再発リスクだ。同年夏、EU全域で貯蔵率90%達成を急いだ結果、オランダTTF( Title Transfer Facility)の先物価格は1メガワット時あたり50ユーロ超に跳ね上がった。その後、暖冬で需要が低迷し貯蔵ガスの取り崩しが進まなかったため、2024年3月には25ユーロ台まで急落。後から振り返れば「高値掴み」だったことが明らかになった。

Eurogasの分析によれば、この非効率な買い付けにより欧州全体で約80億ユーロの余剰コストが発生したと試算される。硬直的な目標設定が市場の価格シグナルを歪め、結果的にガスを最も必要とする時期に適正価格で調達する機会を損なう構造的矛盾が浮き彫りとなった。

加盟国間の温度差が制度改正の障壁に

欧州委員会内では、こうした業界の要請に理解を示す声がある一方、ドイツやポーランドなど複数の中東欧加盟国が柔軟化に難色を示している。これらの国々はロシア産ガス依存からの脱却過程にあり、貯蔵目標の厳格な維持がエネルギー安全保障上不可欠との立場を崩していない。

欧州委員会のカドリ・シムソン欧州委員(エネルギー担当)は3月中旬の記者会見で「貯蔵規則は域内の供給安定に寄与してきた」と述べ、制度の基本枠組みを守る考えを表明した。ただし「市場の実態を無視した運用は避けるべき」とも付言し、部分的な調整余地があることを示唆している。

日本企業への影響とLNG調達戦略の行方

欧州のガス貯蔵制度見直しは、日本のエネルギー調達戦略にも波及する可能性がある。日本のLNG輸入量は年間約7000万トンで、スポット調達比率は約2割に達する。欧州の貯蔵目標が柔軟化されれば夏季のアジア向けLNGの供給余力が増し、日本企業にとっては調達価格の安定につながるとの見方がある。

JERAや東京ガスなど日本の大手バイヤーは、すでに欧州市場の動向を注視し始めている。業界関係者の話では、仮にEUが中間目標を導入した場合、夏季のスポット価格が現行より1メガワット時あたり3〜5ユーロ程度低下する可能性があり、日本企業の年間調達コストを数百億円規模で圧縮できるとの試算もある。もっとも、EUの政策決定は加盟国の利害調整に時間を要するため、2025年シーズンに間に合うかは不透明だ。