中国の人工知能(AI)関連株で高騰する銘柄の空売りを仕掛けようとしても、市場に出回る株数が極端に少ないために実行が難しい状況が続いている。この希少性プレミアムは、7月にロックアップ(株式売却制限)が期限切れを迎えることで大きく変容する見通しだ。
利益を生まないまま株価だけが急騰する中国AI企業に対し、割高感を背景に空売りで収益を狙う投資家が注目してきた。ところが実際には、これら企業の浮動株比率があまりに低く、ショートポジションの構築そのものが困難という障壁に直面している。
ブルームバーグの集計によると、香港市場に上場する主要AI関連企業の複数で、創業者や初期投資家が保有する株式のロックアップ期間が2025年7月に一斉に解除される。市場流通量の急増は株価の重石となる公算が大きい。
中国発の大規模言語モデルを手がけるスタートアップ群は、DeepSeekの台頭を契機に世界的な注目を集めた。これに伴い、香港取引所に上場するAI関連銘柄の多くが2024年末から2025年初頭にかけて株価を2倍から3倍に跳ね上げている。
しかしながら、これら企業の収益実態は乏しい。2024年通期決算で純利益を計上した企業はごく一部にとどまり、大半は巨額の研究開発費とインフラ投資によって赤字を垂れ流している状態だ。アナリストの試算では、セクター全体の平均PSR(株価売上高倍率)は50倍を超え、米国の同業種と比較しても突出したバリュエーションとなっている。
浮動株不足が生む歪んだ価格形成
中国AI株の異常な価格形成の背景には、上場企業の株式構造に由来する慢性的な浮動株不足がある。香港市場に上場するテクノロジー系新興企業の多くは、創業者やベンチャーキャピタル、政府系ファンドが発行済み株式の70%から90%を握り、実際に市場で取引可能な株数が極端に制限されている。
ゴールドマン・サックスのリポートによれば、時価総額上位10社の中国AI関連企業における平均浮動株比率は約22%にとどまる。この水準はS&P500構成銘柄の平均である85%超と比べて著しく低く、わずかな買い注文でも株価が急騰しやすい需給構造を作り出している。
空売り業者にとって深刻なのは、借り入れ可能な株数そのものが払底している点だ。プライムブローカー各社の在庫データを分析すると、AI系銘柄の貸株利用率はすでに95%を超過する状況が常態化している。ショートインタレスト(空売り残高)を積み上げようにも、物理的に株式を調達できないのである。
香港証券先物委員会のデータでも、AIセクターの空売り比率は全市場平均の15%を大きく下回る5%前後で推移している。売りたくても売れない構造が、結果として株価の高止まりを支えてきたといえる。
7月に照準を合わせる空売り勢の算段
この膠着状態が大きく動く契機として、複数の空売りファンドが7月を照準に定めている。2024年に香港で相次いだAI関連企業の新規株式公開(IPO)において、設定されたロックアップ条項の多くが2025年7月に満了を迎えるためだ。
ロックアップ期間は一般的にIPO後180日間と設定されるケースが多い。2025年1月に集中した大型上場を皮切りに、その半年後にあたる7月には創業者やアンカー投資家による大量の株式放出が可能となる。モルガン・スタンレーの試算では、7月だけで少なくとも80億ドル相当のロックアップ株が市場に流入する可能性がある。
あるヘッジファンドのポートフォリオマネジャーは匿名を条件に、これまで空売りできずに指をくわえて見ているしかなかった銘柄群に対し、7月以降に積極的なショート戦略を展開する計画を明かす。借株コストの低下とともに、収益基盤の脆弱な企業の株価は調整局面に入るとの読みだ。
香港市場ではすでに、ロックアップ満了を見越した動きが先物市場で観測され始めている。AI関連株の先物におけるプットオプションの建玉は、この3カ月で前年同期比3倍の水準に膨らんだ。CBOE香港ボラティリティ指数も4月に入り上昇基調を強めている。
収益なき熱狂を支えたマネーの正体
AIブームに沸く中国市場を資金面で支えてきたのは、本土からの個人投資家マネーと政府系ファンドの買い支えである。ストックコネクト(香港・中国本土間の株式相互取引)を通じた南向き資金は、2025年第1四半期だけで過去最高の1200億元を記録した。
中国本土の個人投資家は、ChatGPTやDeepSeekの成功を目の当たりにし、AIこそが次の国家成長エンジンになるとの確信から高値圏でも買いを入れ続けている。証券会社のレポートでは、こうした個人投資家主導の相場は過去のEV(電気自動車)バブルや太陽光発電バブルと酷似するとの指摘が目立つ。
一方で機関投資家の動きは慎重だ。ブラックロックやフィデリティなどグローバル運用大手は、2025年2月以降に中国AI株のポジションを段階的に縮小している。13F報告書の分析では、これら大手による上位AI銘柄の保有株数は直近四半期で平均15%減少した。
需給面では、国家チームの存在も見逃せない。中国政府系の安定化ファンドは、春節明けの急落局面で断続的にETF(上場投資信託)買いを実施したとみられている。政策支援への期待感が、ファンダメンタルズと乖離した株価を許容する心理的土壌を作ってきた。
日本市場への波及経路
中国AI株のロックアップ満了に伴う価格調整は、間接的に日本市場にも影響を及ぼし得る。第一に、香港発のボラティリティ急上昇がアジア全域の投資家心理を冷やし、東京市場のテクノロジー株にもリスクオフの連鎖が及ぶ可能性がある。
実際に2025年3月、中国AI株が一時急落した際には、日経平均株価が追随して1日で800円超の下げを記録した。香港と東京のテクノロジーセクターにおける相関係数は足元で0.7超に達しており、連動性の高さが確認されている。
第二の経路として、日本の半導体製造装置メーカーや素材企業への実需面の影響が挙げられる。中国AI企業がロックアップ満了後の資金調達環境悪化に直面すれば、設備投資計画の延期や縮小につながる懸念がある。東京エレクトロンやレーザーテックなど中国向け売上比率の高い企業にとっては、受注動向の変調リスクとして点検が必要となる。
もっとも、日本のAI関連企業は中国企業と異なり、相対的に収益基盤が堅固であり、過度なバリュエーションには達していない。大和総研のストラテジストは、中国発の調整が日本市場に波及したとしても、本質的な割安感のある銘柄への選別買いが進むとみている。
ロックアップ満了後の中国AI市場の行方
7月の大量ロックアップ解除が中国AI市場にとって決定的な調整トリガーとなるかは、企業業績の進捗にかかっている。第一四半期決算が市場予想を上回る収益成長を示せば、需給悪化を乗り越えられる可能性も残る。
現実には厳しい見方が優勢だ。シティグループのアナリストチームは、中国AI企業の多くが商業化段階で苦戦しており、法人向けAIサービス事業の顧客単価が下落傾向にあると分析する。個人向け課金モデルも確立途上で、広告収入に依存する収益構造からの脱却には時間を要する見通しだ。
ロックアップ株の放出が実際にどれほどの売り圧力になるかは、創業者やVCの行動次第という面もある。直近の類似事例では、2024年秋にロックアップが解除された中国EVメーカー各社で、創業者が市場への信頼維持を優先して追加的な売却を控えるケースも観測された。
とはいえ、未上場時代から保有する初期投資家の含み益は莫大であり、一部でも利確が進めば相場全体の需給は緩む。モルガン・スタンレーは7月からの3カ月間で、主要AI銘柄の平均株価が15%から25%下落するリスクシナリオを提示している。現在の割高な株価水準を支えているのが希少性要因にすぎないのだとすれば、ロックアップ満了は市場の目を覚ます触媒となるだろう。