エヌビディアのジェンスン・フアン最高経営責任者(CEO)が、トランプ政権の訪中団に土壇場で加わった。同社が米政府から対中半導体輸出規制の厳格化を迫られる一方、売上高の2割弱を頼る中国市場との関係維持に腐心する実態が動きとして表れた格好だ。先端半導体を巡る国家覇権争いの最前線に立つ経営トップの今回の訪中は、米中両政府と企業の三すくみ構造が極限まで高まっている証左でもある。
土壇場で訪中団入りしたフアン氏の狙い
事情に詳しい複数の関係者によると、フアン氏は当初、政権が計画する訪中代表団のリストに含まれていなかった。しかし出発直前に急きょ行程が調整され、商務長官や貿易代表と並ぶ形で北京入りしたという。CNBCの報道では、NVIDIAとホワイトハウス双方がこのタイミングでのCEO直接対話を不可欠と判断した可能性が指摘されている。
NVIDIAにとって中国は2025年1月期通期売上高609億ドルのうち、台湾を含む中国地域で全体の17%を稼ぐ最重要市場のひとつだ。しかもここへ来て、DeepSeekやByteDanceといった中国発AI企業が最新のH20向け推論アクセラレーター需要を急拡大させている。米政府がH20を含む対中半導体規制の抜本的強化を検討するなか、フアン氏は北京の意思決定者と直接会い、自社製品の民生用途を説明しつつ、供給維持への理解を取り付けたい思惑があったと見られている。
輸出規制のねじれが生むNVIDIAのジレンマ
バイデン前政権が2022年と2023年にかけて打ち出した対中先端半導体規制は、NVIDIAのデータセンター向け主力GPU「A100」「H100」を中国市場から実質排除した。これに対し同社は、性能を意図的に抑えたH20やL20といった「中国特供(チャイナスペシャル)」チップを再投入し、米国政府の規制枠内で中国ビジネスを継続する戦略を取ってきた。
ところがホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)は4月に入り、こうした迂回製品ですらAI開発能力を底上げしているとして、輸出許可の一層の厳格化を検討する方針を固めつつある。NVIDIAとしては、米政府の規制を遵守しながら中国市場に留まるという従来の綱渡りが、ついに限界点を迎えようとしているわけだ。フアン氏が政治リスクを承知で訪中団に飛び乗った背景には、こうした規制と事業のねじれに対する経営的焦りがにじむ。
トランプ政権のディール重視外交に乗る計算
トランプ大統領は再選を経てなお「就任後100日以内の大型ディール」に執心しており、対中政策でも制裁一辺倒から「関税引き下げと半導体規制の交換条件」に傾きつつある。大統領は4月の記者会見で「アメリカ企業が不利になる規制は見直す」と発言し、通商と安保の政策梃入れに意欲を示した。
このディール重視路線はフアン氏にとって追い風となる。NVIDIAは先月、米国内のAIインフラ投資を2027年までに5000億ドル規模に拡大する計画を発表し、トランプ政権の国内回帰アジェンダに全面的に協力する姿勢を打ち出した。ホワイトハウス高官は「米国にコミットする企業を不合理に縛るつもりはない」と語り、NVIDIAの協力を歓迎する立場を明確にしている。フアン氏が訪中団に加わったのは、自社への制裁回避と中国向け輸出継続の両立を、政権の公式訪中という「お墨付き」のタイミングで一気に進める狙いがあったと分析できる。
AI半導体で揺らぐ米国勢の優位と中国勢の底力
中国の半導体自給戦略はこの1年で急速に進展した。華為技術(ファーウェイ)が開発するAIチップ「Ascend(アセンド)」シリーズは、NVIDIAのH20に比べ生の計算性能ではなお劣るとされるが、中国国内のAIスタートアップ数千社の推論ニーズを満たすには十分と評価され始めている。ファーウェイ経営幹部は2025年に入り「Ascend推論ソリューションはNVIDIAよりエネルギー効率で優位に立つ」と公言し、官民の囲い込みを加速させている。
一方でNVIDIAは、高速相互接続規格NVLinkやソフトウェア開発環境CUDAを軸としたエコシステムの厚みで依然として高い壁を築いている。しかし中国企業が独自のコンパイラ基盤を整え始めていることに加え、米制裁が長期化すればCUDAロックインはむしろ中国顧客の離反を促すリスクをはらむ。NVIDIAが制裁の枠内にしがみつくほど、中国自給派にビジネスチャンスを提供するというパラドックスが生じているのだ。
米中板挟みの先端半導体が日本市場に及ぼす余波
このNVIDIAの苦境は、東京エレクトロンやレーザーテックといった日本の半導体製造装置メーカーの受注動向とも無縁ではない。米国が対中半導体規制を強化するほど、中国企業は米国製先端チップの購入が困難になり、独自開発の歩みを速める。その結果、中国向け装置輸出の規制が追加された場合、日本の装置メーカーが受ける打撃は避けられない。
日本政府は昨秋、先端半導体の輸出管理体制を巡りワッセナー・アレンジメント参加国との協議を強化しているが、規制が米国基準に引きずられるかたちで広範化すれば、国内工場の建設計画や設備投資にも下押し圧力がかかる。NVIDIAと日本企業の協業は現在、ソフトバンクグループのAI-RAN構想や産総研のABCプロジェクトなどで拡大途上にあり、フアン氏の訪中で米中の妥協点が見いだせなければ、日本の半導体サプライチェーン再編にも遅延が生じる可能性がある。
フアン氏帰国後の焦点は先端チップ出口規制の最終案
NVIDIAはフアン氏の訪中期間中、北京で開かれるAI産業フォーラムに合わせて中国の大学やスタートアップ向け教育プログラムの拡充を発表した。NVIDIA幹部は「たとえ規制が厳しくなっても、人材育成面での協力を止める意志はない」と述べ、長期的な関係維持に含みを持たせている。
ホワイトハウス国家安全保障会議は今月下旬にも、先端半導体の対中輸出に関する最終的な規制案を公表する見通しだ。その中身がH20を含む広範なAI半導体を対象とするのか、あるいはNVIDIAの要望が一部反映されるのかが、世界のAI産業地図を左右する転換点となる。CEOが足を運んでつないだ細い糸が、米中間の半導体摩擦を和らげるのか、それとも自社のみに免罪符を与える結果となるのかは依然として不透明である。