世界最大の電気自動車メーカー、テスラのイーロン・マスクCEO率いる法務チームは2月4日、対OpenAI訴訟の最終弁論で、サム・アルトマンCEOの経営判断と証言の信頼性を厳しく問うた。マスク氏はOpenAIが非営利から営利企業へ転換する過程で「慈善団体を盗んだ」と主張し、アルトマン氏は事業継続に不可欠な変更だったと反論している。人工知能(AI)開発の方向性と巨額資金の帰属を巡る両者の法廷闘争は、AI業界のガバナンス構造を根本から揺さぶる転換点となっている。
営利転換の正当性を巡る激しい応酬
裁判記録によると、マスク氏の弁護団は最終弁論で、OpenAIが2015年の設立時に掲げた「人類のための安全なAI開発」という非営利理念からの逸脱を問題視した。アルトマン氏が推進する営利子会社を通じた資金調達スキームは、当初の定款に違反するとの主張だ。
これに対しアルトマン氏側は、汎用人工知能(AGI)の開発競争に勝ち抜くには年間数十億ドル単位の計算資源投資が不可欠であり、非営利単体では資金調達に限界があったと説明する。実際にマイクロソフトとの提携により調達した総額130億ドル超の資金は、大規模言語モデルの性能向上に直結したと反論した。
マスク氏自ら証言台に立った異例の展開
世界長者番付で資産額1位に立つマスク氏が、自ら証言した点は本件の特異性を際立たせる。同氏は宣誓の下、「OpenAIは人類の利益のために設立された慈善団体でありながら、営利企業への転換によってその本質を骨抜きにした」と述べ、アルトマン氏の経営判断を「組織的な信託違反」と呼んだ。
一方でアルトマン氏は反対尋問において、マスク氏が過去にテスラへのAI統合を提案し、OpenAIの買収さえ示唆した事実を暴露。AI開発の主導権を巡る両者の確執が、単なる理念論争ではなく事業競争の側面を持つことを浮き彫りにした。
弁護団が指摘した「矛盾する証言と文書」
最終弁論でマスク氏の弁護団が特に重視したのは、アルトマン氏の過去の発言と社内文書の整合性である。法廷に提出された2017年の取締役会議事録には、アルトマン氏が「営利化は想定していない」と明言した記録が残る。ところが2019年には有限責任営利法人「OpenAI LP」を設立し、投資家へのリターン分配を可能にする上限付き営利モデルへと舵を切った。
弁護団はこの転換を「創業者の約束に対する重大な背信行為」と断じ、アルトマン氏の公的発言と経営判断の乖離が組織全体の意思決定プロセスへの信頼を損なうと結論付けた。アルトマン氏側は「AI技術の進歩速度と社会実装への期待を考慮すれば、柔軟な組織再編は合理的経営判断の範囲内だ」と反駁している。
判決がAIスタートアップの資金調達に及ぼす波紋
法務専門家の分析では、本訴訟の判決内容はOpenAI一社にとどまらず、非営利から営利へ移行するAI関連スタートアップ全般に影響を及ぼす可能性が高い。米国の有力法律事務所ウィルソン・ソンシーニのパートナー弁護士は「裁判所が営利転換の条件を厳格化すれば、現在進行中の複数のAI企業の資金調達ラウンドに遅延や再設計が生じる」と指摘する。
日本市場においても、非営利研究機関から営利事業への移行を模索するAIベンチャーや、大学発ディープテック企業のガバナンス設計に直接の示唆を与える。経済産業省が推進する「AI社会実装加速化プログラム」に参加する国内企業にとって、営利・非営利の境界設定は法務リスク管理上の喫緊の課題として浮上している。
アルトマン氏が描く巨大資金計画の行方
アルトマン氏は最終弁論後の記者会見で、判決の行方にかかわらずOpenAIの事業継続に必要な資金調達を推進する意向を表明した。同社は現在、半導体開発やデータセンター建設を含む総額5兆ドルから7兆ドル規模の長期投資計画「Stargate Project」の実現可能性を検討中だ。
この計画が現実味を帯びれば、必要な資金規模は従来のベンチャーキャピタルや戦略的提携の枠組みを超え、国際的な政府系ファンドや中東のオイルマネーをも巻き込む様相を呈する。マスク氏側が問題視する「理念なき商業化」と、アルトマン氏が迫られる「現実的な資金調達」の間で、裁判所がいかなる線引きを示すのか。カリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所の判決は数週間以内に言い渡される見通しだ。