デジタル庁と厚生労働省は2026年8月、病院情報システム刷新に向けた協議会の活動を開始した。電子カルテ・レセコン・部門システムを一体的にクラウド型へ移行する方針のもと、大手ベンダー6社が主要機能要件の検討に参加する。今回の動きは、医療データがクラウド上で標準化されることで、医療AIの開発・導入環境が構造的に変化する端緒となる。
協議会の構成と今年度の具体的な作業範囲
協議会は分科会Aとして、電子カルテ・医事会計システムを提供する事業者6社——レスコ、亀田医療情報、ヘンリー、富士通Japan、日本電気、日本IBM——で構成される。今年度は大病院向け電子カルテのクラウドネイティブ化に必要なシステム要件の整理を行い、機能要件と非機能要件の両面を検討する。中小病院向けの標準仕様策定は令和7年度に完了しており、今年度から厚生労働省による民間事業者の認定審査が始まる予定だ。大病院向けの要件は中小病院向けと並行して進められ、工程表に基づく段階的な標準化が進む。
クラウド移行が医療AIの開発基盤を変える構造
現在の医療情報システムはオンプレミス型が主流で、病院ごとにデータ形式やシステム構成が異なる。これが医療AIの学習データ収集やAPI連携の障壁となってきた。標準仕様に準拠したクラウド型システムへの移行が進めば、医療データが一定の形式で集約され、AIモデルの開発や検証に必要なデータアクセスの可能性が高まる。特に、電子カルテと部門システムが一体的にモダン技術へ移行することで、AIモデルや医療用アプリケーションがAPI経由で接続しやすい環境が整う。これは、AIモデル開発企業やクラウド事業者にとって、医療領域への参入障壁が下がることを示唆する。
国内医療IT市場の競争構造に与える影響
協議会に参加した6社は、電子カルテ市場で実績を持つ国内大手ベンダーと、クラウドネイティブなシステム開発に強みを持つ新興企業が混在している。ヘンリーは新興のクラウド型電子カルテ事業者であり、富士通JapanやNEC、日本IBMといった既存大手と並んで要件検討に加わることは、今後の医療情報システム市場における競争軸が「オンプレミス型の機能充実」から「クラウド基盤の柔軟性とデータ利活用のしやすさ」へ移ることを示している。認定審査制度の開始により、標準仕様に準拠しない事業者は公的医療機関や補助金対象案件から実質的に排除される可能性があり、ベンダー各社の開発投資の方向性を左右する。
今後の論点はデータ主権とAI開発の接続点
標準化された医療データがクラウド上に蓄積されることで、AI開発者にとって医療データへのアクセス可能性が高まる一方、患者データの取り扱いに関する制度設計は現時点では明らかにされていない。データの利活用範囲、匿名加工の方式、AIモデル学習への利用可否、医療機関とAI事業者の間の契約モデルなどは、今後の協議会や関連政策で具体化される必要がある。また、クラウド基盤の選定基準や、海外クラウド事業者の参入余地についても、一次情報の範囲では明確ではない。医療AIの産業化を左右するのは、技術要件よりもむしろデータガバナンスの設計速度である可能性が高い。