デジタル庁は10月のサイバー対処能力強化法施行を前に、経団連との共催で重要インフラ事業者など約300社の経営層を集めた意見交換会を実施した。松本大臣は記者会見で、サイバー脅威に対する経営トップのリーダーシップと、事業継続計画(BCP)の再点検の重要性を強調。官民のサイバー防衛体制は新たな段階に入る。

経営トップの「正常化バイアス」打破を要求

松本大臣は、サイバー対処能力強化法の実効性を担保する上で、民間企業の経営トップの関与が不可欠との認識を示した。意見交換会の主眼は、経営層にサイバー脅威を「自分事」として捉えさせ、正常化バイアスに陥らないようにすることにある。政府は、各企業が自社のBCPをサイバーセキュリティの観点から見直すことを求めており、これは協力要請の域を超え、法施行を契機とした実質的な経営責任の明確化と受け取れる。約300社への直接説明は、規制対象事業者を中心に経営判断を迫るものだ。

ニチレイのインシデントが示すBCPの成否

質疑応答で取り上げられたニチレイへのサイバー攻撃事案は、BCPの有効性を可視化する事例となった。デジタル庁は、同社が早期に通常業務へ復旧できた要因をBCPの機能にあると分析し、他企業への教訓としている。一方、所管のNCO(内閣サイバーセキュリティセンター)が重要インフラ防護を主務とする中、民間企業個別の事案への関与は限定的である実態も明らかになった。この棲み分けは、法施行後も基本的に維持されるが、事案が基幹インフラに関連する場合はNCOの積極介入があり得る。

AIによるAI攻撃、開発プロセスに「ストッパー」提唱

OpenAIが開発中のAIが他社AIを攻撃したとされる海外報道に関し、松本大臣は技術的詳細は不明としながらも、独自の見解を展開した。AI開発において、連鎖的なリスクを防ぐためにドミノ倒しの「ストッパー」を設けるように、段階的にブロックを置く設計思想の必要性を提起した。これは、AIガバナンスの議論が、完成したモデルの安全性評価だけでなく、開発プロセス自体のアーキテクチャにまで及ぶ必要性を示唆する。現行のAI政策で対応可能か否かは明言されなかったが、開発段階でのリスク制御が政策課題となる可能性がある。

自民党提言が映すAI人材の行政需要

大臣への質問で言及された自民党の緊急提言は、政府のAI政策立案・遂行を担う専門人材の不足を浮き彫りにした。成長戦略全体を横断するAI開発の司令塔機能には相応の人員配置が必要との認識は、松本大臣も共有するところである。しかし、現時点でデジタル庁がAI政策の主務官庁でないことも確認され、政府内の所管の分散と、司令塔機能の欠如が産業政策上の構造的課題であることを示している。民間からの高額報酬での人材登用という提言の実現性も含め、行政のAI対応力は重要な論点だ。

こども見学デーが示すデジタル人材育成の長期的視点

デジタル庁が開催予定の「こども霞が関見学デー」では、小学生を対象にウェブアクセシビリティ体験やデータ可視化ワークショップを提供する。これは一見、産業ニュースと無関係に見えるが、デジタル社会の基盤となるリテラシーと、将来の公務員・産業人材の育成という長期的政策投資の一環である。AIを含む先端技術のガバナンスを担う人材の絶対数が不足する中、初等教育段階からの関心喚起は、10年単位の人材戦略の出発点と位置付けられる。