NEDO事業の下、さくらインターネットや東京大学など10機関が、医療機関の管理下で運用できる日本語LLMを開発した。専門医試験で最大90.8%の正答率を示し、商用の主要LLMに匹敵する性能を確認。患者情報の外部流出リスクを避けつつ、医療現場の事務負荷を低減する選択肢が現れたことになる。

病院内で完結する運用形態を前提に設計

開発されたLLMは、医療機関のオンプレミス環境や管理下にある国内クラウドでの稼働を想定している。一般のAIサービスの多くが外部事業者のサーバで患者情報を処理するのに対し、今回の成果はデータの所在と取り扱いを医療機関側で制御できる点に技術的な差異がある。これにより、患者情報を国外サーバや第三者に預けることへの懸念を構造的に回避できる設計だ。また、事業では国産のフルスクラッチモデルも構築され、特定のオープンモデルに依存しない選択肢の可能性も示された。

専門医試験90.8%、RAG活用で商用モデルに迫る

東京大学が追加学習した「Weblab-MedLLM-GLM-4.7」は、参考文献を検索拡張生成(RAG)で付与した専門医試験形式のベンチマークで90.8%の正答率を記録した。比較対象の「GPT-5.2」は91.2%、「Claude Opus 4.5」は90.6%であり、ほぼ肩を並べた形だ。日本の診療ガイドラインに沿った応答を評価する指標でも、ベースモデルから最大10.8ポイントの改善が確認された。一方、外部資料なしの試験では最大83.5%にとどまっており、現時点ではRAGの併用が実用上の前提となりそうだ。

コード変換やサマリ作成など事務支援で成果

本事業では診断や治療そのものではなく、事務作業の補助に用途を限定したユースケース検証が行われた。具体的には、検査名称から標準コードへの変換で最大80.3%の精度、脳卒中レジストリ構築のデータ整理で92.2%の作業精度、退院時サマリーの下書きでは専門医評価で5点満点中4.748点を達成している。いずれも最終判断は医師が行う前提であり、AIが医療行為の主体になる設計ではない。電子カルテへの自然言語問い合わせ機能も技術的に確立され、現場導入に向けた基礎が築かれた。

安全性評価:学習データの記憶リスクを定量化

医療AIで懸念される患者情報の漏洩リスクに対し、本プロジェクトでは独自の安全性検証が実施された。具体的には、学習データに含まれる患者情報がLLMに記憶されるリスクを数値で評価する手法を確立し、患者情報の自動検出・マスキング機能を実装している。また、5万件超の対話型安全性ベンチマークと6000件規模のレッドチーミングによる攻撃耐性評価も行われ、追加学習後も高い安全性が維持されることを確認した。ただし、ベースとなるLLMの選択が安全性を左右することも明らかになっており、開発時のモデル選定が普及の成否を分ける可能性がある。

社会実装へ、国産AI基盤の選択肢が拡大

成果は今後、段階的に社会実装が進められる予定だ。データの外部送信を前提としない設計は、改正個人情報保護法や次世代医療基盤法の枠組みと整合しやすく、導入時の法的ハードルを下げる効果が期待される。AI産業の構造面では、GPUやクラウドに依存する商用LLMとは異なり、医療機関側で完結する運用モデルが成立すれば、エッジやオンプレミスに強い国内ベンダーの事業機会にもつながる。商用モデルと国産モデルの性能差が縮まった今回の結果は、機密性が求められる他業界への波及も示唆している。