サティア・ナデラCEOが法廷証言 マスク氏から投資懸念の連絡一切なし

マイクロソフトのサティア・ナデラ最高経営責任者(CEO)は、イーロン・マスク氏が提起したOpenAIを巡る訴訟の証言録取で、マスク氏からマイクロソフトのOpenAI投資について懸念を直接伝えられたことは一度もなかったと明かした。この証言は、マスク氏がマイクロソフトを反トラスト法違反の共同被告として名指しするなかで行われ、両社の対立構造が法廷で一段と鮮明になった。

ナデラCEO証言で浮上した決定的な認識のずれ

裁判所に提出された2025年8月の証言録取書によると、ナデラ氏は「マスク氏がマイクロソフトのOpenAIへの投資や、両社の関係性について懸念を抱いていると耳にしたことはあったが、同氏本人から直接連絡を受けた記憶は一切ない」と述べた。この発言は、マスク氏側が「業界関係者の間でマイクロソフトによるOpenAIの実質的支配が広く問題視されていた」と主張してきた構図に正面から異を唱える内容となる。

マイクロソフトは2019年以降、OpenAIに総額130億ドル超を投じてきた。ナデラ氏は証言で、出資の目的は「AIの安全性研究を加速し、その成果を広く社会に還元することにあった」と説明。OpenAIの営利部門への出資比率は49%にとどまり、過半数の議決権を持たない契約構造であることも強調した。

ナデラ氏はさらに、マスク氏が2018年にOpenAIを去った経緯に言及し「彼は自ら経営権を握ろうとして失敗し、その後組織を離れたと理解している」と証言した。この認識は、マスク氏が「OpenAIは非営利の設立理念を裏切った」と訴える主張の根幹を突くものだ。

マスク氏の新たな法戦略が生んだマイクロソフト被告追加

マスク氏は2024年2月、OpenAIとサム・アルトマンCEOを相手取り「人類の利益のためのAI開発という設立趣意書に反し、営利企業への変貌を遂げた」として提訴した。さらに2024年11月には訴状を修正し、マイクロソフトを反トラスト法上の共同被告として追加した経緯がある。

修正訴状でマスク氏側は、マイクロソフトがOpenAIの取締役会に影響力を行使し、競合他社への技術ライセンスを制限していると主張。両社の関係を「事実上の合併」と位置づけ、AI市場の競争を歪めていると断じた。これに対しマイクロソフトは「根拠のない主張」と真っ向から反論し、全面対決の姿勢を崩していない。

今回公開されたナデラ氏の証言は、マイクロソフトの関与が受動的な投資にとどまらず、OpenAIの経営判断に能動的に関わっていたかどうかという本件最大の争点に直接関わる。独占禁止法の専門家であるジョージタウン大学のハワード・シェランスキー教授は「競争当局が注目するのは投資比率より実質的支配の有無だ。CEO自らが懸念認識を否定した意味は小さくない」と指摘する。

法廷で交錯する2つの企業統治観

マスク氏は一貫して、OpenAIが営利企業化したこと自体を「契約違反」と非難してきた。2023年には自身のAI企業xAIを設立し、大規模言語モデル「Grok」を開発。OpenAIの閉鎖性を批判しながら、オープンソース主義を掲げる対抗軸を打ち出している。

一方、ナデラ氏は証言録取で「AI開発には莫大な計算資源が必要であり、大規模投資なしに安全性研究を継続することは不可能だった」と営利化の必然性を擁護した。同氏はまた、マスク氏自身が2017年にOpenAIの営利化を提案したとする社内メールの存在にも触れ「彼の現在の主張は過去の立場と矛盾している」と批判した。

この対立は単なる企業間紛争の枠を超え、AI開発のあるべき統治モデルを問う思想的争点に発展しつつある。非営利の安全重視路線と、営利の商業化路線という対立軸に加え、マスク氏のxAI参入によって競合関係が複雑に絡み合っている。

日本企業が注視すべき投資と支配の境界線

本訴訟は日本市場にも波及し得る論点を内包している。ソフトバンクグループはOpenAIに15億ドルを出資し、国内法人「SB OpenAI Japan」を折半出資で設立した。ソフトバンクの宮川潤一社長は2025年2月の決算会見で「出資比率と経営支配は異なる概念だ」と述べ、マイクロソフトと同様のガバナンス構造の正当性を訴えている。

経済産業省が2025年3月に公表した「AI企業ガバナンス指針」でも、大口出資者とスタートアップの関係透明性が重要課題として明記された。ある国内AIスタートアップの法務責任者は「マスク裁判の判決次第では、日本の大企業によるAIスタートアップ出資にも慎重審査が及ぶ可能性がある」と警戒する。AI覇権を巡る法廷闘争の行方は、太平洋を越えて日本の産業政策にも影を落とし始めている。