NTTデータは6月12日、AI活用の社内事例を集めたウェブサイト「Explore all use cases」を公開した。事例数は200件を超え、金融、製造、公共などあらゆる業種を網羅する。同社は今回の公開により、顧客への提案から実装までのリードタイムを大幅に短縮する狙いだ。背景には、SIer各社が直面するAI人材の奪い合いと、内製化を志向する顧客企業の増加がある。

なぜ事例公開が差別化手段になるのか

NTTデータは連結従業員数約20万人を抱える国内最大級のSIerである。しかし生成AIの登場以降、システム開発の構造は「ゼロから作る」から「モデルを選び、チューニングする」へと急速に移行した。この変化は、上流工程で顧客にAI活用の具体的な完成像を提示できるかどうかが、受注競争の勝敗を分けるようになったことを意味する。

同社の公開事例には、コールセンターの音声認識精度を3カ月で18%改善した例や、製造ラインの異常検知を既存のルールベースからディープラーニングに置き換えて誤検知を半減させた例が含まれる。いずれもPoC止まりではなく、実運用でのKPI改善値を明示している点に特徴がある。

一般的なSIerの営業プロセスでは、顧客の抽象的な課題を聞き取り、提案書を作成し、PoCを実施し、本番環境へ移行するまでに12〜18カ月を要する。NTTデータは事例サイトを「社内の成功パターンを顧客と共有するプラットフォーム」と位置づけ、提案段階で実績データを提示することで、この期間の3割圧縮を目指すとアナリスト向け説明会で述べている。

基盤モデル選定とGPU調達の実態

公開事例を分析すると、基盤モデルの選定方針が浮かび上がる。同社は顧客の機密性要件に応じてモデルを使い分けており、高いセキュリティが求められる金融・公共案件ではオンプレミスでのLlama 2やMistralのファインチューニングを、汎用的な業務改善ではAzure OpenAI Service経由のGPT-4を採用する傾向がある。

特筆すべきは、自社開発した軽量モデル「tsuzumi」の位置づけだ。tsuzumiはパラメータ数7Bと13Bの2種類で、NVIDIA H100搭載の自社GPUサーバ上で動作する。GPT-4のAPI利用料が1,000トークンあたり0.03ドルであるのに対し、tsuzumiは社内利用で実質的なトークン単価を0.002ドル未満に抑えられている。特定業務に特化した小規模モデルでコスト競争力を出す設計思想は、AnthropicのClaudeやGoogleのGeminiをAPI利用するだけでは得られない差別化要因である。

GPU調達面では、NTTデータはNVIDIAの優先供給プログラムに参加しており、2024年度中にH100を約600基調達する計画を明らかにしている。これは国内SIerでは最大規模だが、Hyperscalerの調達規模と比較すれば1社あたり数万基単位の差がある。この非対称性が、大規模言語モデルの基盤開発ではなく、特定ドメインに特化した小規模モデルへの戦略的集中につながっている。

国内クラウド基盤とSIerの垂直統合

NTTデータのAI活用事例は、単独で成立しているわけではない。同社の親会社であるNTTは、国内データセンターの床面積を2027年度までに現在の1.5倍に拡張する方針を発表しており、その上でNTTコミュニケーションズが提供するクラウドサービス「Green Lake for Large Language Models」がLLMのホスティング基盤となる。

この垂直統合構造は、Amazon BedrockやGoogle Cloud Vertex AIといった外資系クラウドのAIサービスと競合する位置にある。しかしNTTグループの強みは、自治体や金融機関など、データの国外持ち出しを許容できない顧客に対して物理的なデータセンター証明を提示できる点だ。2023年度の国内パブリッククラウド市場でAWSのシェアが31%、Azureが22%であるのに対し、NTTグループのクラウドサービスは約8%にとどまるが、AIワークロードに限ればデータ主権要件を梃子にシェアを伸ばす可能性があるとIDC Japanの四半期レポートは指摘する。

日本市場への直接的な影響としては、NTTデータの事例公開が「AI活用の標準相場」を形成することが挙げられる。同社が200件の成功パターンを公開したことで、競合するSIerやコンサルティングファームも同様の実績開示を迫られる。野村総合研究所やアクセンチュア日本法人はすでに生成AI導入支援の実績をホワイトペーパー形式で公開し始めており、顧客企業が複数ベンダーの実績を比較できる環境が整いつつある。

問われる「SIerのAI事例」の検証可能性

200件の事例が公開されたことのインパクトは小さくないが、検証可能性の課題は残る。公開情報にはKPIの改善率や実装期間は記載されているものの、事前のデータ品質や既存システムの複雑性といった条件差は開示されていない。同業他社が同様の手法を適用した場合に同等の成果が得られるかどうかは、事例ごとに精査が必要である。

また、tsuzumiのトークン単価0.002ドルという数字は、あくまで自社データセンターでの運用コストに基づく試算であり、外部顧客向けの提供価格は別途設定される。NTTデータは2024年度下期にtsuzumiの商用提供を開始する予定だが、その価格体系が競合モデルのAPI料金とどの程度の差別化になるかは未発表である。この点は、AWS TrainiumやGoogle TPUといった専用チップを用いた低価格推論が本格化するタイミングと重なり、価格競争の行方を左右する。

NTTデータの事例公開は、SIerという業態がAI時代にどのように進化するかを示す試金石である。単なる技術導入事例の羅列ではなく、基盤モデル、GPU、クラウド基盤の選択がコスト構造と成果に直結するという産業構造を可視化した点に、この取り組みの本質的な意義がある。