米証券取引委員会(SEC)は2026年6月11日、全米市場システム(Regulation NMS)の根幹をなす規則611および規則610(e)を撤廃する改正案を公表した。市場の効率性向上を目的に導入されたこれらのルールを約20年ぶりに撤廃し、市場原理による競争と技術革新を促す狙いがある。パブリックコメントは連邦官報掲載後60日間受け付けられる。

この記事を一言でいうと

米国の株式市場で20年間維持されてきた「最良価格での約定義務」と「売買気配の固定・交差制限」という中核ルールが撤廃され、取引の執行方法や市場参加者間の競争環境が大きく変わる可能性が出てきた。

なぜ話題なのか

Regulation NMS(全米市場システム規則)は2005年、証券市場の分断を防ぎ、投資家が最も有利な価格で取引できるようにする目的で導入された。中核の規則611は、ある取引所でより良い価格が提示されている場合、それを無視して別の取引所で不利な価格で約定させること(トレードスルー)を禁止するルールだ。

SECのアトキンス委員長は「規則611は、市場の長期的成長を促進するどころか、意図せざる結果によって阻害してきた」と指摘する。具体的な「阻害要因」は今回の公表文では詳細が示されていないが、過去の市場関係者からの指摘では、規則611が取引所間の価格競争を硬直化させ、新興取引所の参入障壁になっているとの批判があった。同時に撤廃される規則610(e)は、同一の売り気配と買い気配を提示する「ロック」や、買い気配が売り気配を上回る「クロス」を制限するルールだ。これらを撤廃することで、取引所やダークプールなどの取引場が、より自由度の高い価格形成や執行方法を設計できるようになる。

一般読者や企業にどう関係するのか

個人投資家にとって、この改正は取引コストや約定スピードに間接的な影響を与える可能性がある。規則611の撤廃により、証券会社や取引執行業者は「最良価格」に縛られず、スピードや手数料、取引の確実性など別の要素を優先した執行戦略を自由に選べるようになる。結果として、手数料体系の多様化や、高速約定サービスと低コストサービスのすみ分けが進むかもしれない。

企業にとっては、株式の流動性や資金調達環境への影響が論点になる。とくに新興取引所や代替取引システム(ATS)を提供するフィンテック企業は、これまで規則611・610(e)が障壁となっていた新サービスを展開できる可能性がある。日本市場との直接的な制度連動はないが、日本の取引所や金融庁は海外の市場構造改革を注視しており、国内制度設計の参考にされるケースは過去にもあった。

AI業界の構造で見ると何が変わるのか

本件は直接AI業界の話ではないが、取引所インフラとAI技術の関係で構造変化が考えられる。今回のルール撤廃は、取引所運営や執行アルゴリズムの開発において、より自由なルール設計を可能にする。これは、執行戦略に機械学習や強化学習を組み込むアルゴリズム開発企業にとって、創意工夫の余地が広がることを意味する。

また、高速取引(HFT)事業者やAI駆動型マーケットメイカーは、ロック・クロス制限の撤廃により、新たな流動性提供モデルやマーケットメイク手法を開発する可能性がある。一方で、こうした自由化が市場の公平性や安定性に与える影響は未知数であり、監視技術へのAI導入も同時に進むとみられる。

一次情報から確認できる事実

SECの公表内容から確認できる事実は以下の通り。

  • SECは2026年6月11日、Regulation NMSの規則611および規則610(e)を撤廃する改正案を提案した
  • 撤廃対象の規則611はNMS株式のトレードスルー禁止(最良価格より不利な約定の禁止)を定めている
  • 撤廃対象の規則610(e)はNMS株式におけるロッキングとクロッシング(気配の固定および交差)の制限を定めている
  • 関連する規則600の定義規定や、その他の関連条項についても整合的な修正が行われる
  • アトキンス委員長は「市場構造を簡素化し、市場参加者のコストを削減する一方で、競争と革新、その他の市場原理が株式市場の進化を形作ることを意図している」と述べた
  • パブリックコメント期間は提案が連邦官報に掲載されてから60日間
  • 公表文中では、「意図せざる結果」の具体的内容や、撤廃による影響の詳細な分析は示されていない

関連企業・関連技術

  • SEC(米証券取引委員会):規制当局。アトキンス委員長の下、規制緩和と市場原理重視の路線を鮮明にしている
  • 全米の証券取引所(NYSE、Nasdaqなど):規則611遵守のためのSIP(統合価格情報システム)やルーティングシステムの運用を見直す可能性がある
  • 代替取引システム(ATS)・ダークプール運営企業:ロック・クロス制限撤廃により新サービスの設計自由度が高まる
  • 証券会社・執行ブローカー:最良執行義務の実務解釈が変わる可能性がある
  • 高速取引(HFT)企業・アルゴ取引開発企業:AI・機械学習を用いた新たな執行戦略の開発余地が広がる
  • フィンテック企業:新興取引所やマーケットメイクサービスで参入機会が生まれる可能性がある

今後の論点

パブリックコメントの内容と、SECがそれらを踏まえて最終規則をどのように修正・確定するかが第一の焦点だ。特に、規則611撤廃後に「最良執行義務」(Regulation NMSの外にあるブローカーの義務)が実務上どう変わるのか、SECが追加のガイダンスを出すかどうかが注目される。

また、規則611が市場の分断を防ぐ「接着剤」の役割を果たしていた側面もあるため、撤廃後に取引所間の価格分断が再燃するリスクや、小口投資家の執行品質への影響をどう評価するかも論点となる。SECが掲げる「慎重かつ熟慮されたアプローチ」が、具体的にどのような分析と保護策を伴うのか、今後の情報開示を注視する必要がある。