Nvidiaのジェンスン・フアン最高経営責任者(CEO)が17日、北京で記者団に対し「トランプ大統領が私に来るよう求めた」と発言した。米中首脳会談と並行する異例のタイミングでの訪中は、対中半導体規制を巡る米政権と業界最大手の間に新たな協調関係が生まれつつあることを示唆する。ホワイトハウスとNvidiaの利害が初めて明確に交差した瞬間である。
非公式発言が持つ重み
フアンCEOの発言は公式声明ではなく、北京での非公開会合後に行われた短い囲み取材の中で飛び出した。同氏は「大統領が私に来るよう求めた。我々は中国市場との関係を再構築する用意がある」と述べたという。関係者によると、フアン氏は17日午後、中国工業情報化省の高官と会談し、先端半導体の代替供給ルートについて意見交換した。
この発言が注目される理由は明白だ。Nvidiaは2022年以降、米商務省の輸出規制により最先端GPU「H100」や「H200」の中国向け出荷を禁止されてきた。同社は規制閾値を下回る「H20」チップを投入したが、中国市場の売上は2025年第1四半期時点で前期比18%減の34億ドルに落ち込んでいる。トランプ政権がCEO自らの訪中を促したとすれば、規制と市場アクセスのバランスを再調整する政治的意思が働いた可能性が高い。
米中半導体交渉の最前線
トランプ大統領はこれまで対中関税を交渉カードに使う一方、米国企業の海外売上を重視する姿勢を繰り返し表明してきた。政権内には商務長官補佐官を務めるリン・パーカー氏のような対中強硬派と、国家経済会議のケビン・ハセット委員長のような現実路線派が併存する。
注目すべきは、Nvidiaが今回の訪中直前に国防総省向けAI基盤整備の大型受注を獲得した点だ。同社は約45億ドル規模のクラウドベースAI訓練インフラ契約を結び、国家安全保障分野での不可欠性を再証明した。米政府は「自国企業の技術的優位を軍事面で活用しつつ、民生市場での過度な制限を緩和する」という複線的な戦略に舵を切ったと読める。
フアンCEOは中国市場について「完全撤退は競合のAMDやファーウェイに決定的な優位を与える」と以前から警告していた。実際、ファーウェイは自社開発のAscendプロセッサで中国大手AI企業からの受注を伸ばし、2024年の国内AIチップシェアは推計37%に達した。Nvidiaが空白を放置すれば、中国の自給率が加速し、長期的には米国半導体産業全体の市場喪失につながるというのがCEOの一貫した主張だ。
AIチップ世界再編がもたらす波紋
今回の動きはAI半導体市場の地政学的再編を象徴する。TSMCのアリゾナ工場が2025年後半に4nmプロセスの量産を開始する一方、中国のSMICは7nmプロセスで歩留まりを改善しつつある。Nvidiaはこうした中でH20の中国向け増産を決定しており、台湾のWistronに追加発注が入ったことがサプライチェーン筋の情報で明らかになっている。
日本企業への影響も看過できない。東京エレクトロンやSCREENホールディングスは中国向け半導体製造装置の売上比率が高く、規制緩和の恩恵を直接受ける立場にある。アドバンテストはNvidia向けテスト装置の主要サプライヤーであり、H20増産が決まれば同社のメモリテスタ需要も連動して拡大する。市場アナリストの試算では、対中規制が1段階緩和された場合、日本半導体製造装置メーカー全体で年間売上が最大8%押し上げられる可能性がある。
同時に、この訪中は米国AI企業の投資判断にも影響を与える。OpenAIやAnthropicは中国市場に直接参入していないが、ByteDanceやTencentがNvidiaチップの安定調達に成功すれば、中国製大規模言語モデルとの競争が激化するのは避けられない。米国勢はクラウド経由での間接的な中国ビジネス戦略を迫られることになる。
次なる焦点は7月の包括規制見直し
今後の最大の論点は、商務省産業安全保障局(BIS)が7月に予定する半導体輸出規制の包括見直しだ。ここでH20自体が規制対象に格上げされるのか、あるいは性能基準が緩和されるのかが決定的な分岐点となる。フアンCEOは北京で「近いうちに良い知らせがある」とも語ったとされ、規制緩和への自信をにじませた。
もう一つの注目材料は、Nvidiaが次世代アーキテクチャ「Rubin」で設計段階から中国向け派生製品を準備しているかどうかだ。従来の規制回避型の後付け対応から、事前設計による市場適合型戦略への転換は、同社と米政府の関係が新段階に入ったことの証左となる。半導体業界の関係者は「今回のCEO訪中が単なる儀礼ならば、これほど具体的な言及は出てこない」と分析する。
地政学と技術覇権が絡み合うAI半導体戦略は、Nvidiaの北京発言を境に新たな局面を迎えた。トランプ政権とシリコンバレーの巨頭が描く新しい協調路線が実を結ぶかどうか、その成否は中国市場での売上回復と米国内の対中強硬論の抑制という二つの指標で測られることになる。