米国の対中半導体規制を契機に、中国のテクノロジー企業が国産AIチップへの巨額投資を加速している。エヌビディアが規制対応の「中国特供」製品で市場再参入を図るなかでも、この流れは止まらない。業界試算によると、華為技術(ファーウェイ)や百度(バイドゥ)など主要企業によるAI半導体の研究開発投資は累計1000億ドルを突破した模様だ。中国AI産業が「自主可控(自主的に制御可能)」な供給網の構築を国家戦略として掲げ、対外依存からの構造的転換を急いでいる実態を読み解く。
中国特供チップが突きつけた現実
エヌビディアが2022年以降、米商務省の輸出規制に抵触しない性能帯に抑えたA800やH800を中国市場に投入したことは、皮肉にも中国企業に「いつ再び締め出されるか分からない」という地政学的リスクを痛感させる結果となった。米国の対中半導体規制は生成AIの軍事転用を阻止する名目だが、実際には先端ロジック半導体と高帯域幅メモリを包括的に封じ込める設計だ。中国のクラウド事業者やAIスタートアップにとって、エヌビディア製GPUの調達不安が事業継続の最大リスクであることが明白になったのである。
投資主体はファーウェイとBIG3
国産AIチップ開発で突出するのがファーウェイである。同社のAscend 910Bプロセッサは、エヌビディアA100の6割から7割のトレーニング性能を持つと評価され、すでに中国移動や中国電信など国有通信大手のデータセンターに大規模納入されている。百度は自動運転と大規模言語モデル「文心一言」の推論最適化を狙った独自ASIC「崑崙芯」の第3世代を開発中だ。アリババクラウドはRISC-Vアーキテクチャを採用したAI推論チップ「含光800」の後継製品に着手しており、騰訊(テンセント)もクラウドゲーム向けGPUで蓄積した設計力を汎用AI推論に転用する構えを見せる。これら上位4社だけで、2024年のAIチップ関連設備投資は合計400億ドルを超えたと半導体業界団体SEMIは推計する。
ファウンドリとメモリの隘路
設計側の投資拡大とは裏腹に、製造工程には深刻な隘路が存在する。華虹半導体や中芯国際(SMIC)の7ナノメートル級プロセスは、歩留まりと量産能力の両面でTSMCの5ナノメートル級に大きく水をあけられている。SMICの2023年第4四半期決算説明会資料によると、先端プロセスの売上高比率は依然として1割に満たず、大半が28ナノメートル以降の成熟ノードである。さらに高帯域幅メモリの国産化も難航している。長江存储(YMTC)の3D NANDは量産段階に入ったが、AIトレーニングに不可欠なHBM3相当品の国産化は2026年以降にずれ込むとの見方が大勢だ。米国が2024年12月に発動したHBM対中輸出規制は、このタイムラインをさらに遅延させる可能性が高い。
エヌビディア復帰でも止まらぬ自前主義
エヌビディアのジェンスン・フアンCEOは2024年1月、中国市場向け新製品「H20」の出荷再開を発表した。性能はH100の約15%に制限されているが、CUDAエコシステムとの互換性は維持されている。しかし中国の大手クラウド事業者の調達担当者からは「H20はあくまで補完であり、主力ワークロードはAscendに移行済み」との声が聞かれる。複数のアナリスト予測では、中国データセンター向けAIチップ市場における国産品比率は2023年の18%から2025年に35%へ急拡大する見通しだ。中国政府が2024年3月に発表した「AI+」行動計画のなかで、政府系データセンターには2027年までに国産AIチップ使用率70%以上を義務づけたことも、この流れを決定づけている。
日本市場への波及経路
この構造変化は日本企業にとっても対岸の火事ではない。NECや富士通が強みを持つ高性能計算分野では、エヌビディアの最新GPUが引き続き調達可能であることが競争力の源泉となってきた。しかし中国向け規制がEUや日本にも拡大される可能性を、ある半導体商社幹部は「想定すべきリスク」と指摘する。国内製造業のスマート工場で中国製AI推論チップが採用される事例も徐々に増えており、性能評価とサプライチェーンリスクの再点検が経営課題に浮上しつつある。
性能格差とCUDAの壁
国産AIチップ最大の課題はソフトウェアエコシステムである。エヌビディアのCUDAプラットフォームは20年の蓄積があり、AI研究者やエンジニアの圧倒的多数がCUDA上で開発してきた。ファーウェイの自社開発フレームワーク「CANN」は急速に改善されているが、PyTorchとの完全互換には至っていない。これに対し百度はフレームワーク側から接近し、同社の「PaddlePaddle」でAscendチップをネイティブ最適化する戦略をとる。アリババもオープンソースのブレードサーバ設計を公開し、エコシステム形成を急ぐ。中国企業が長年抱えてきた「作ったチップを使う開発者がいない」という課題への本格的な反転攻勢が始まっているといえる。
量より精度へ向かう評価軸
産業界の視線は、チップ性能の絶対値から1ワットあたりの推論効率や特定ワークロードへの最適化度合いへと移りつつある。巨大な汎用GPUで大規模モデルを訓練する段階から、実運用では軽量なエッジ推論チップが威力を発揮するためだ。地平線機器人(ホライズンロボティクス)や寒武紀科技(カンブリコン)といったAIチップ専業企業は、自動運転や監視カメラ領域で実績を積み、その収益を汎用AIチップ開発に再投資する好循環に入りつつある。米中対立を背景とした自前主義は、短期的な性能劣後というコストを伴いながらも、中国AI産業の多層的なすそ野を形成する触媒となっているのだ。